Long Story
□敢闘、その後
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さわり、と遠く地平線の彼方から流れ込んできた微風が、血に汚れて、淀んだ空気をゆっくりと洗い流している。その感触の気持ちよさに、シエルは僅かに頬を緩めた。
悪夢のような夜が過ぎ去って、ようやく現れた救助船に人々は声を上げて喜んでいた。潮騒の如き歓喜の声が、少し離れた海の上にいるシエルの耳にも届いている。
前夜から続いた緊張と疲労に身体がぐんっと重くなったような心地を感じながらも、弛緩しそうになる身体を鞭打ってシエルは立ち上がった。
ボートに跪いて海に身を乗り出し、血を垂れ流しながら傍らに浮かんでいた死体を掴むとボートから引き離し始めた。
「…坊ちゃん?」
この辺り一帯を取り囲む相当量の死体を作り上げた黒い執事が、ゼイゼイと整わない息で必死に呼吸しながらシエルの行動を訝しむ。
息が荒いのは『歪んだ肉人形』との夜通しの戦いに疲れたからではなく、葬儀屋によって付けられた傷が相当痛むからだろう。